Archive for 9月, 2008
農業者だけでなく参入者支援を考えて!
民主党が新しいマニフェストがどうのという中に、農業者の所得補償がどうの・・・なんてものが入っていたけれど、そんなことよりも新しく農業を始めたい人がどんどん参入できる制度と運転資金などの援助を考えてほしいと私は思っている。
ひとつの事業を始めようという場合、一般の仕事で考えれば、どこかの会社に勤めていて、仕事を覚えた後に独立するというのが一般的だ。農業の場合にはどうだろうか?どこかに勤めて仕事を覚えようにも、全国的には勤められる農業法人はそんなに多くない。
一般の農業者の手伝いをアルバイトで行うといってもとても暮らせるほどの給料を払う一般農家はいない。家族経営がほとんどで、給料を支払っていては自分たちの生活が成り立たなくなることだって多いはずだ。今の環境では一般の方が仕事として農業を選択して農作業を体験しながら修行して独立するという制度がないのだ。将来にわたって農業者を育てていくためには、訓練のできる組織が是対に必要だと思うのだがいかがだろうか?
それともうひとつ重要なことだが、個人の農業者が個人で流通開拓をするのは大変なことだ。結局、農作業以外のことに労力を割けない場合がほとんどなので、農協を利用することになるが、農協を経由して出荷する場合には手数料が売り上げの半分近くになることも珍しくなく、農業者の手取りは大変少ないものになる。公的制度としてこうした農業生産物の出荷を支援する組織や制度を設けてくれないものかと思っている。
さて、要望も不満もたくさんあるのだが、よく考えてみれば、ある個人が農業に参入して暮らしを継続できる所得を得るためのビジネスモデルを見たり聞いたりしたことがあるだろうか?私が知る限り、農業普及改良センターや農協でもひとつとして参入モデルを提示してくれたことはない。
例えば、ある作物の1反歩当たりの生産額と経費、所得の資産などは見ることがあるが、それはおおよそ継続的な維持可能な農業モデルとして考えられているものではない。単に、面積当たりの平均出荷額と経費によって試算されたものに過ぎない。単純に利益を生活維持可能な金額に設定すれば、そのほとんどは一人の人間では作業ができない規模になってしまう。簡単に言ってしまえば、一人の人間が何もないところから農業を始め、数百万程度の資金では参入できないというのが結論だ。
新規参入が困難だとすれば、誰が農業を継ぐのかといえば、農業者の子供たちが農地や機械、資材を引き継ぐのがもっとも可能性が高いのだが、そのもっとも農業を告がせたくない人たちがその親である農業者であり、農業をしたくないと考える人の多くは農業者の子供たちである。
子供の頃から、農業は大変だ、儲からない、できれば公務員にでもなれ、といわれて育つ子供たちが、大きくなって希望を持って農業者の道を目指すとは到底思えないのだ。
現時点で深い考えもないが、いくつか思いつく今後作ってほしい支援制度などを列記しておくことにする。
- 定年退職者が気軽にできる小規模農業の支援制度
これは経済的に余裕があるという点で、生活費全部を稼ぎ出す必要のない定年退職者はそれから約10年ないし15年の農業生活を送ることで副収入を得られるので有力な農業後継者と位置づけて支援してはどうかと考えている。 - 農業研修と流通のための全国組織の創設
農業を始める前に「サラリーマン農業」を行うことのできる組織を全国に設立する。農業を行うと同時に、新規参入や小規模農家などの出荷のための支援と販売支援を兼ね備えた組織とする。
これは「サラリーマン農業者」に対して、独立採算で給与を払うには相当の低賃金になる可能性があり、流通や販売、加工などの機能を持たせることである程度の売り上げを確保できる組織に作るためである。 - 施設園芸などのレンタル圃場を整備する
新規参入などを促進するために、産地化などを計っている作物の栽培圃場をあらかじめ公募の形で募集したり、レンタルする圃場を用意する。独立する人たちには別な圃場確保を支援し、独立した人たちが利用していた圃場を後継者に際レンタルするなど。 - 農業機械のレンタル制度やオペレーションセンターの充実
大型機械を個人が所有するのは負担が大きいので、レンタル制度や依頼できるオペレーションセンターを設立する。機械の購入ばかりでなく、保管やメンテナンスから開放されるのは大いに意味がある。 - 新規就農支援住宅の建設
新規収納を行う際に農地ばかりではなく住宅の確保が大変難しい。家を買うのも建てるのも相当負担が大きく、やはり賃貸住宅を探すのが賢明だろうが、この賃貸住宅が農村部にはない。空き家は多いのだが、決して貸すものが多いとはいえない状況だ。また、農業を行いたい場合、農作業や農業資材の保管などを考えると、一般のアパートでは結構住みにくいことが多い。農業者のための作業場や資材などの保管スペースを用意した「農業公営住宅」のようなものを用意してはどうかと考える。 - 農業機械保管・支援センター
一方では高齢化により農業を辞める人も多い。こうした人が保有している農業機械も相当あるはずだ。こうしたものを一括して借り上げ、メンテナンスをして貸し出す制度があってもいい。 - 地域の共同販売所運営支援
今では地方都市の商店街はシャッター通りと化しているので、それらの店舗を農業者の産直販売店として利用できる制度を設ける。 - モデル事業と採算モデルの提案事業
日本では海外の大規模農業と競争するのは無理という結論が出ているはずだ。そこで逆に、かつての日本がそうだったように、小規模農家の採算モデルを設計し、それらの実践を行う圃場を支援する。3~5年で支援は打ち切らざるを得ないが、施設園芸などの場合には施設の建設支援などとあわせて、検討する。
考えてみれば、更にたくさん出てきそうだが、今日のところはこんなものにしておこう。
1反歩で百姓が暮らせるの?
1反歩とは300坪のこと。立派な田んぼならお米が10俵ぐらいは取れる面積です。10俵は約600kgのお米です。(しかし、これは単独の1反歩の田になった場合には、畦やのり面などが必要ですから、実際にはもっと狭くなってしまいます。)
お米1升は約1.5kgとすると、600kgは400升(1石=10斗、1斗=10升、1升=10合)=4石
これを年間に食べる米で換算すれると、今の日本人が1日に1キロも食べるわけありませんので、十分に1年間食べるぐらいは取れる面積ということがいえます。
江戸時代でさえも、一人の人が食べる一日の米の量を5合として計算していたので、600kgは1200日分のお米ですから、約3年分の米ということができます。
また、1石という単位はおおよそ大人一人が年間に食べる米の量と考えていたので、4石は4人分の1年間の米の消費量と考えることもできます。これほどのお米がたった300坪で収穫できるのですから驚きです。
さらに驚くのは、お米は毎年同じ場所で作ることができることです。
通常、野菜などの作物は同じ場所で何年間も作り続けると連作障害が出て作れなくなってしまいますが、お米は何百年と作っている場所もあるほど連作の利く食料であることがすごいのです。
1反歩という面積で、江戸時代なら4人分のお米を生産できたと考えると確かにすごいのですが、残念ながら江戸時代にはそれほどの生産性はありません。江戸時代はほとんどの作業が人力で、道具の類もほとんどは自作ですから、生産コストは現代とは比べ物になりません。江戸時代は完全な自然農法ですから、化学肥料も農薬もありません。おおよそ180kg~200kgほどだそうです。実はこの収量は、弥生時代のお米の生産量とほとんど変わらないそうで、この100年の間に3倍以上の米を同じ面積で取れるようになったということのようです。
江戸時代の生産量を200kgとして、年貢を4分納めると、120kgが手元に残ります。江戸時代でもさすがに1反歩では相当大変だとわかってきます。
それでは現代ではどうでしょうか?
平成18年度の宮城県での米の収益が10a(1反部)当たり3万円を切って、29105円となったという資料を見つけました。
米を売らないで自分で食べれば、600kgは自家消費としては大変な量ですが、売ってしまうと、本当にごくわずかのお金が手元に残るに過ぎないのです。さすがに、米作1反歩ではまったく生き延びられないというのが実感できます。
さて困った・・・。
他の方法も考えなくちゃ。
奥玉で再開する農業生活便りを徒然に・・・。
農業を再開しようといっても資金なし、畑もなし、技術もなし・・・のないない尽くしです。
しかもバリバリの意欲があって、がんばろうと言うこともありません。なぜかといえば、前回はがんばりすぎて疲れてしまいました。専業農家で、周辺の人はほとんどやらない冬作までがんばって作っていましたが、寒くてはあまりいい作物がとれず、お金にもなりませんでした。働いていること自体は楽しいけれど、収入につながらず、結局は中断せざるを得なかった経験があるので、今回はできることを楽しみながらこつこつと続けることを目標にいしています。しかも、気持ちの上で柔軟であることも大切だと考えています。
今回は、売り上げの目標を高く設定することなく、他の収入の道も考えながらできることで収入を得て、農業も何とか続けていこうというのですから、まず意欲の沸く作物の栽培をしたいと考えています。
しかし、借りられる農地にも限りがありますし、資金がないので農業機械もほとんどなく、調達できる資材もほんのわずかです。まあ、こうした中で、できること、やり始めたこと、やってみようと思っていることなどをつらつらと書き連ねてみたいと思っています。